芥川也寸志『音楽の基礎』
著者は、文豪芥川龍之介の息子にあたる芥川也寸志です。
オケ人にとっては『交響管弦楽のための音楽』や『弦楽のための三楽章(トリプティーク)』などでなじみが深い作曲家だと思います。
日本を代表する作曲家が、一般読者に向けて音楽を解説する。これだけでも偉大な取り組みです。
音楽の今
少し個人的な体験を書くことを許してください。
音楽プレイヤーはとても便利です。
(ちなみに僕はウォークマンユーザーです。なぜなら、アップルと比べてソニーは音質が良いからです。その他のサービスやデザインはアップルが断然良いのですが笑)
初めて音楽プレイヤーを買った時は、その便利さに涙するくらい感動したものです。
これで、いちいち演奏会に行く必要もないし家でCDをかける必要もない、と思いました。
でも、すぐに気づきました。音楽プレーヤーで聴くより、CDをスピーカー越しで聴いた方が良いし、当然、コンサートホールで聴いた方が感動することに。
なぜでしょう。理由はいろいろあるのでしょうが、僕の力では言葉で表現することができません。
僕はここに音楽の本質があるんじゃないかとずいぶん思いを巡らせましたし、今でもふと考えることがあります。
音楽との関わり方
芥川也寸志はどうやらこの辺に焦点を当てたのだと思います。
音楽を大量消費する現代では、音楽と関わるための基礎が人々から失われつつある、と危機感を持ったのでしょうか。執筆の動機を正確に知ることは難しいのですが...
本著の終盤にはこのように記述されています。
…マス・メディアの発達のおかげで、ある場合にはベートーヴェンが響く傍らで、強盗事件を奉ずる新聞の社会面を読み、セレナードを耳にしながら夫婦喧嘩をするような光景は、必ずしも笑うべきこととはいえなくなった。利き手とは何の関係もなく、スピーカーは音楽を提供するのである。音楽は一見人間の生活を彩っているかに見える。
しかし、もはやここには音楽の営みはない。音楽はただ聞き流されているにすぎず、私たちとその音楽とは、何のかかわりも生まれてはこない。…
胸に手を当ててみれば、そうかもしれない、と僕は感じます。
僕が無意識的に感じていたことはそれだったのだと思います。
かといって当時の僕にはどうすれば良いか分かりませんでした。
内容について
内容はある意味羅列的です。
目次はこのようになっています。
I 音楽の素材
- 静寂
- 音
II 音楽の原則
- 記譜法
- 音名
- 音階
- 調性
III 音楽の形成
- リズム
- 旋律
- 速度と表情
IV 音楽の構成
- 音程
- 和声
- 対位法
- 形式
一見楽典の本のような構成ですね。
しかし、音楽とのかかわり方を考えるうえで、このシンプルな構成は必要であり十分なのです。
著者にとって、これ以外の構成は考えられなかったのでしょう。
本当に基本から紐解くことで、多くのことが見えてくるのです。
調性を取りまくドラマ
中でも、調性関連の話が非常に面白いです。
音楽の歴史の中で
調性がいかにして確立され、
調性がいかにして拡張され、
調性がいかにして破壊されたか。
この流れが面白い。
もちろん内容は調性の変遷に限りません。
本著は慎重な筆致で書かれています。
しかし、それでも十分に音楽史の流れのダイナミックさを感じることができます。
そして、そこから得られる感動は、音楽との関わりを大きく変えます。
少なくとも僕は見えてくるものが変わりました。
音楽が今までよりも自分のものになり、そして楽しくなりました。
良い音楽体験を
その道のプロフェッショナルが考えていることを知ることは、有意義なことです。
音楽は机上のものではないです。
でも、たまには「音楽を読む」というのも良いのではないでしょうか。