さあ、待ちに待った定期演奏会が始まる。
今まで半年間死に物狂いで練習した成果を試す時が来たのである。
メロディーが少なく、露出が少ないヴィオラパートとはいえ、曲の中で目立つところはたくさんある。
たくさん練習したはずではあるが、本番失敗するかもしれないと今さらながら心配になってしまう。
楽屋で楽譜を取り出し、気休めのように眺めていた。
しばらくするとコンサートマスターが裏チューニングの合図を出した。
コンサートマスターのAを注意深く聴き、繊細に自分のA線を合わせる。
ヴァイオリンの人はA線にアジャスターが無くて大変だな、と思いながら手早くAを合わせ、みんながA線を合わせ終わるのを静かに待つ。
やがて、静かに響くAの音が止んだので、ほかの弦を合わせる。
五度の和音を合わせるのは結構大変で、時間がかかる。
しかし所詮裏チューニングであるから、いくら時間をかけても問題ない。
ゆっくり時間をかけて、すべての弦を完璧に合わせた。
裏チューニングが終わるとすぐに、舞台袖への移動となった。
胸の鼓動が聞こえる。
舞台へのドアをじっと見つめる。。。
開いた。
入場である。
久々に浴びるスポットライトが、胸の鼓動を最高潮にする。
満員御礼。
これは弾きがいがある演奏会だ!
...しかし衝撃の光景(?)を私は見てしまった。
自分の席に座り、楽器のC線のペグをなんとなく見つめていると、、、
ん? 回った...
んん?
げ、、、
ず
れ
た
、
、
、
これは、、、ヤバい、、、チューニングが、、、
これはwwww最初のチューニングが山場だ、、、
しばらくすると指揮者が入場した。が、そんなことどうでもいい。
チューニング、チューニング、チューニング
頭の中はチューニングのことでいっぱいになった。
一方指揮者の入場で会場は拍手に包まれている。
ここぞとばかりに、ちょっとだけ弦をはじきながら、あわせようと試みた、
が
それだけで合うはずもない。
続いてコンサートマスターが起立した。
いよいよ最大の山場「チューニング」の始まりだ。
オーボエが高らかにAを出す。
コンサートマスターが「形式的に」Aを合わせる。
もちろん裏チューニングをしてあるので、コンマスは余裕の表情でその「儀式」を終えた。
俺は余裕じゃないのに、、、
管楽器がチューニングを終え、弦楽器の番になった。
コンマスが再度Aを出す。
Aはずれていない筈だ。回ったのはC線のペグだ。
とりあえず余裕の表情でAを出した。
なに、ずれている...
C線が回りすぎてA線まで影響が出ている。
これは本格的にヤバい。
とりあえず、A線に関してはアジャスターがあるので問題はないが、、
全員がAを合わせ終わった。
さあ本番だ。満員御礼の舞台上。スポットライトを浴び、緊迫した状態で、非常に短時間の間にD線以下を合わせなければならない。
幸い、D線、G線はすぐに解決した。
残るはC線。
低い。
ペグを回す。
・
・
・
高い。
ペグを回す。
・
・
・
低い。
ペグを回す。
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・
・
また高すぎた。
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・
・
なぜだ! なぜなのだ! どうして目的の音程にならないのだ。
ペグが堅くて、目的の音程をどうしても通り過ぎてしまう。
みんなは適宜、このチューニングという「儀式」を終わらせていく。
しかし、私は戦い続けるしかない。
そうしているうちにも、周りのチューニングの音は消えていく。
もしかして俺は最後なのか??
舞台上、観客席から白い目が向けられているのを感じる。
ううぅ、
これ以上チューニングを続けるのは無理だ、、、
失意と無念で一杯になりながら、私はC線のペグから手を放した。
さて、ヴィオラの第一音は開放弦のCであった。
目の前が真っ暗になった。
おしまい。