王さまの弦はヴィオラ弦(後編)

ストラディバリバリは言葉を失った。

しかし、このあと起こったことの方が衝撃的だった。

ヴィオラ王国のガスパロダサ男はなにやら怪しげな液体を飲んだ。

そして

「どうだ、似ているか?」

と言った。

ストラディバリバリは驚いた。

その声は自分にそっくりだったからである。

驚いたのもつかの間、ガスパロダサ男の家来の一人が、またもや怪しい液体を取りだし、ダサ男の顔に塗りたくった。

バリバリは腰を抜かした。

ダサ男の顔は、自分の顔とそっくりになってしまったのである。

短い沈黙の後、ダサ男は言った

「では、王位を譲り受ける。」

ダサ男の家来が縄で自分を縛り上げようとするのをバリバリは抵抗できなかった。

バリバリは負け惜しみに叫んだ。

「ヴァイオリンが下手なお前に我が国の王が勤まるはずがない!」

すると、ダサ男はおもむろに家来が持ってきたヴァイオリンを弾き始めた。

(なんということだ。私よりうまいではないか。ヴィオラ奏者なのになぜなのだ。ヴィオラ奏者が下手なのは、昔から決まっているのではないのか。)

小さい頃からヴァイオリンしかやっておらず、それしかできないストラディバリバリはすべてを失った気がした。

なにもできず為すがままされる自分が、つい先ほどまで半世紀以上にもわたってこのヴァイオリン王国を統治していた偉大な王であったことを信じられなくなった。

かくして、ヴィオラ王国の奇襲は突如として幕を開けた。

ヴァイオリン王国の朝は早い。

朝5時になるとそこらじゅうで弦のたたき売り業者が声を張り上げ始める。

寝ていた人もその声に起こされ、オフトゥンから抜け出す決心をする。

昨夜起こった事件のことなど誰も知らなかった。

そもそも、ほとんどの民は今の生活に満足しているので、王の政治などに興味はなかった。

朝8時になると、テレビにおいて王さまの演説が始まる。

画面に映ったのはいつもの王さまであった。

しかし今日はいつもと少し言うことが違うようであった。

どうやらヴィオラ王国と友好関係を結ぶと言っているようだ。

友好の証にヴァイオリン軍の兵士の一部をヴィオラ軍に1年契約で貸し出すということである。

これに関しては、いくら政治に無関心な民衆とはいえ若干の不満があった。

なぜヴィオラ王国ごときと友好関係を結ばなければならないのか疑問だった。

しかもヴィオラ軍に貸し出される兵士がかわいそうで仕方がない。

今まで王さまはヴィオラ王国と徹底抗戦の姿勢を貫いていたのにどういうことだろうか、と疑問符が民衆の頭には浮かんだまま王さまの演説は続いた。

今週の日曜日はヴィオラ王国との友好を訴えるコンサートを、王さま自らがコンサートマスターとなって開催するそうである。

テレビで生放送をするから、録画でもいいから見てくれと言っている。

曲目はラフマニノフの交響曲第2番らしいが、確かにヴィオラが目立つ場所がある曲だ。

ラフ2そり

2楽章のSoliはヴィオラが目立つというか、アマチュアにとってはいじめに近い部分である。

ほとんどの民衆は、ラフ2はヴァイオリンも目立つし、ヴィオラとかどうでもいいけど聴く価値はあると思うに至った。

ヴァイオリン王に変装したガスパルダサ男は悩んでいた。

彼はどうもヴァイオリン弦が性に合わないのである。

ヴァイオリン弦では最高のパフォーマンスが出せないのである。

もっとヴィオラ弦のような力強さが欲しかった。

コンサートマスターを務めるのにも関わらず、弦が気に入らないという状況はあまりよろしくない。

しかし、そんなことを考えたところでヴァイオリンに張るのはヴァイオリン弦と決まっている。

いや、ヴァイオリンにヴィオラ弦を張ってもいいのではないだろうか?

という愚にもつかない考えが浮かんだ。

思い立ったら吉日。実際に張ってみよう。

とりあえずG線D線A線はヴィオラ弦のものを使っても物理的には問題なさそうなので、張ってみた。

想像以上に問題なかった。むしろ音が力強い。

G、D,Aに関してはこれで行こう、とダサ男は思った。

しかし問題なのはE線である。

とりあえずヴィオラ弦のA線を張って無理やりEの音に調弦しようと試みた。

見事に切れた。

そもそも切れやすいドミナントを張るのがもともといけないのである。

そうだ、エヴァピラッツィを張ればよいのだ。

エヴァピラッツィを家来に調達させ、Eになるまでペグを回した。(絶対にマネしないでください)

切れな...い...

聴力が強すぎて一触即発という感じであるが、どうにかラフ2を弾いている1時間は耐えられるだろうと、E線にヴィオラのエヴァピラッツィA線を使用することを決意した。

演奏会当日になった。

ガスパルダサ男はやはりE線のことが気がかりであったが、もう後には引き下がれない。

もし演奏会中にコンサートマスターの弦が切れた場合、その楽器は最終プルトの裏の人に渡し、トップサイドの楽器を使うことになる。トップサイドは2プルト表の楽器を使う。以下同じようにリレーを行う。

しかし、実際にリレーをすることになれば、最終プルトの裏の人にヴィオラ弦を張っていることがバレてしまう。

もしバレてしまうと、これは大変なことになるかもしれない。

もし、この秘密を知った人間が周りにこのことを言いふらしたりすれば、ヴァイオリン王国を思うままに操るどころか、自分の命が危うくなるであろう。

これは何としてでも避けなければならないが、演奏中に切れるリスクは非常に高い。

そこで、ダサ男は最終プルトの裏に乗るショー・シンシャーという男と面会をした。

「演奏会中に知りえた私に関することを絶対に公言してはならない」

いきなりこんなことを言われたシンシャーは戸惑ったが、もはや従うしかなかった。

別に演奏会中に王さまの秘密を知ることなどあるのか疑問だし、知ったところで言いふらす価値はないだろうと思ったので、彼自身あまり気にはしないことにした。

演奏会が開演した。

オーボエがAの音をだす。

ダサ男は自分のA線をそれに合わせた。

誰もヴィオラ弦だとは気づいていない様子で、少しほっとした。もとより気づくはずなど無い。

彼はスポットライトを浴びながら全員がチューニングを終わらせるのを待った。

指揮者の棒が下りる。チェロがおもむろに曲の開幕を告げた。

3楽章までは順調に進んだ。

弦も切れずに済んでいる。

しかし、4楽章で事件は起きた。

中間部の掛け合いの部分でE線が切れてしまったのだ。

最悪の展開である。弦が切れたときの爆発音が会場にこだました。

そんなことはお構いなしに曲は進む。

早急に楽器リレーが行われた。

ショー・シンシャーは思いがけず、王さまの1億円相当の楽器を弾くことになった。

E線は切れているので、いろいろと不自由ではあったが、ここまで高価な楽器を弾けることなど、後にも先にも今回しかないと思うと、不自由さに不満を感じるどころか、嬉しくすらあった。

しかし、同時に違和感を感じていた。

弦が普通のヴァイオリン弦と違う。

これは何なのだろう。

音量はよく出るが、反応が若干悪い。

弓の圧力がいつも以上に必要である。

悩んでいるうちに恐ろしいことに気がついた。

(これはヴィオラ弦ではないか...)

E線が切れた原因もヴィオラのA線を無理やり張っていたことに違いなかった。

これは大変なことである。

一体王さまの周りに何が起こっているのだろうか。

演奏会が終わったら誰かにこの話をしようと思ったが、王さまに口止めされているのを思い出した。

王さまの秘密とはこのことなのか...

誰かに言いたくてしょうがなくなってしまった。

しかし、この話が広まったらまず自分の命が危ない。

しかし、言わないことには気が済まない。

今にでも「王さまの弦はヴィオラ弦!」と叫びたいくらいである。

待てよ、あと10小節後に金管が大音量でぶっ放す箇所がある。

そこで叫べばよいのだ。そうすれば聞こえないであろう。

スーパー金管タイムが始まった。

満を持してショー・シンシャーは叫んだ。

「王さまの弦はヴィオラ弦!!」

その瞬間、運の悪いことに金管全員が同時に大きなミスをして、音が一瞬出なかったのだ。

ショー・シンシャーの声は会場に響き渡った。

これは、テレビの電波を通じて王国中にこの事実が知れ渡ったことと同義であった。

ヴァイオリン王国中は大騒ぎに包まれた。

ワイドショーは毎日のようにその話題を取り上げ、王さまのTwitterは炎上した。

王さまの正体がバレるのは想像以上に早かった。

ガスパルダサ男は逮捕されヴィオラ王国の野望は未遂に終わった。

今でもヴィオラがマイナー楽器のままで、人が集まらないのは、このことが原因なのだとさ。

おしまい。

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